るか。それとも喜路太夫をこゝへ連れて来て挨拶させるか。さあ、喜路太夫を出せ。」
この捫着の最中に、なにかの用があって小坂さんの喜路太夫が生憎に帳場の方へ出て来たのです。しきりに喜路太夫という名をよぶ声が耳に這入ったので、小坂さんは何かと思って出てみると、七八人の生酔いが入口でがや/\騒いでいる。帳場のものは小坂さんがなまじいに顔を出しては却って面倒だと思ったので、一人がそばへ行って小声で注意しました。
「殿様、土地の者が酔っ払って来て、何かぐず/\云っているのでございます。あなたはお構い下さらない方がよろしゅうございます。」
「むゝ。土地の者がぐずり[#「ぐずり」に傍点]に来たのか。」
むかしは遊芸の浚いなどを催していると、質《たち》のよくない町内の若い者や小さい遊び人などが押掛けて来て、なんとか引っからんだことを云って幾らかの飲代《のみしろ》をいたぶってゆくことが往々ありました。世間馴れている小坂さんは、これも大方その仲間であろうと思ったのです。そう思ったら猶更のこと、帳場の者にまかせて置けばよかったのですが、そこが矢はり殿様で、自分がつか/\と入口へ出てゆきました。
「失礼であ
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