るが、今夜はこちらも取込んでおります。ゆっくりとこゝで御酒《ごしゅ》をあげていると云うわけにも行かない。どうかこれで、ほかへ行って飲んでください。」
 小坂さんは紙入から幾らかの銀《かね》を出して、紙につゝんで渡そうとすると、相手の方ではいよ/\怒り出しました。
「やい、やい。人を馬鹿にしやあがるな。おれたちは銭貰いに来たんじゃあねえ。喜路太夫をこゝへ出せというんだ。」
「その喜路太夫はわたしです。」
「むゝ。喜路太夫は手前《てめえ》か。怪しからねえ野郎だ。ひとを乞食あつかいにしやあがって……。」
 なにしろ酔っているから堪らない。その七八人がいきなりに小坂さんを土間へひき摺り下して、袋叩きにしてしまったのです。旗本の殿様でも、大小を楽屋にかけてあるから丸腰です。勿論、武芸の心得もあったのでしょうが、この場合、どうすることも出来ないで、おめ/\と町人の手籠めに逢った。帳場の者もおどろいて止めに這入ったが間に合わない。その乱騒ぎのうちに、どこか撲《ぶ》ち所が悪かったとみえて、小坂さんは気をうしなってしまったので、乱暴者も流石にびっくりして皆ちり/″\に逃げて行きました。それを追っかけて取
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