」
「どこの弟子でもねえ。たゞ通りかゝったから聴きに這入ったのよ。」
浄瑠璃のお浚いであるから、誰でも無暗に入れると云うわけには行かない。殊にどの人もみんな酔っているので、帳場の者は体よく断りました。
「折角でございますが、今晩は通りがかりのお方をお入れ申すわけにはまいりません。どうぞ悪しからず……。」
「わからねえ奴だな。おれ達は土地の者だ。今こゝのまえを通ると清元の浚いの立看板がある。ほかの太夫はみんなお馴染だが、そのなかに唯《た》った一人、喜路太夫というのが判らねえ。どんな太夫だか一段聴いて、上手ならば贔屓《ひいき》にしてやるんだ。そのつもりで通してくれ。」
酔った連中はずん/\押上ろうとするのを、帳場の者どもはあわてゝ遮りました。
「いけません、いけません。いくら土地の方でも今晩は御免を蒙ります。」
「どうしても通さねえか。そんならその喜路太夫をこゝへ呼んで来い。どんな野郎だか、面をあらためて遣る。」
なにしろ相手は大勢で、みんな酔っているのだから、始末が悪い。帳場の者も持余していると、相手はいよ/\大きな声で怒鳴り出しました。
「さあ、素直におれ達を通して浄瑠璃を聴かせ
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