ない花ではあるが、ここへ来てから私はこの紫苑がひどく好きになった。どこへ行っても、わたしは紫苑を栽《う》えたいと思っている。
唐蜀黍もよく熟したが、その当時わたしは胃腸を害していたので、それを焼く煙をただながめているばかりであった。糸瓜《へちま》も大きいのが七、八本ぶら下って、そのなかには二尺を越えたのもあった。
郊外の冬はあわれである。山里は冬ぞ寂しさまさりけり――まさかにそれほどでもないが、庭のかれ芒《すすき》が木がらしを恐れるようになると、再びかの荒凉索莫がくり返されて、宵々ごとに一種の霜気《そうき》が屋を圧して来る。朝々ごとに庭の霜柱が深くなる。晴れた日にも珍しい小鳥が囀《さえ》ずって来ない。戸山が原は青い衣をはがれて、古木もその葉をふるい落すと、わずかに生き残った枯れ草が北風と砂煙に悼《いた》ましく咽《むせ》んで、かの科学研究所の煉瓦や製菓会社の煙突が再び眼立って来る。夜は火の廻りの柝《き》の音が絶えずきこえて、霜に吠える家々の犬の声が嶮《けわ》しくなる。朝夕の寒気は市内よりも確《たしか》に強いので、感冒にかかり易いわたしは大いに用心しなければならなかった。
郊外に盗難
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