の多いのはしばしば聞くことであるが、ここらも用心のよい方ではない。わたしの横町にも二、三回の被害があって、その賊は密行の刑事巡査に捕えられたが、それから間もなく、わたしの家でも窃盗に見舞われた。夜が明けてから発見したのであるが、賊はなぜか一物をも奪い取らないで、新しいメリンスの覆面頭巾を残して立去った。一応それを届けて置くと、警察からは幾人の刑事巡査が来て叮嚀《ていねい》に現場を調べて行ったが、賊は不良青年の群で、その後に中野の町で捕われたように聞いた。わたしの家の女中のひとりが午後十時ごろに外から帰って来る途中、横町の暗いところで例の痴漢に襲われかかったが、折よく巡査が巡回して来たので救われた。とかくにこの種の痴漢が出没するから婦人の夜間外出は注意しろと、町内の組合からも謄写版の通知書をまわして来たことがある。わたしの住んでいる百人町には幸《さいわい》に火災はないが、淀橋辺には頻繁に火事沙汰がある。こうした事件は冬の初めが最も多い。
「郊外と市内と、どちらが好うございます。」
私はたびたびこう訊《き》かれることがある。それに対して、どちらも同じことですねと私は答えている。郊外生活と
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