郊外生活の一年
大久保にて
岡本綺堂
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)陰《くも》って
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二時間|乃至《ないし》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正十四年四月)
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震災以来、諸方を流転して、おちつかない日を送ること一年九ヵ月で、月並の文句ではあるが光陰流水の感に堪えない。大久保へ流れ込んで来たのは去年の三月で、もう一年以上になる。東京市内に生まれて、東京市内に生活して、郊外というところは友人の家をたずねるか、あるいは春秋の天気のいい日に散歩にでも出かける所であると思っていた者が、測らずも郊外生活一年の経験を積むことを得たのは、これも震災の賜物といっていいかも知れない。勿論、その賜物に対してかなりの高価を支払ってはいるが……。
はじめてここへ移って来たのは、三月の春寒がまだ去りやらない頃で、その月末の二十五、二十六、二十七の三日間は毎日つづいて寒い雨が降った。二十八日も朝から陰《くも》って、ときどきに雪を飛ばした。わたしの家の裏庭から北に見渡され
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