越えて往来へ高く突き出しているので、外から遠く見あげると、その花の下かげに小さく横たわっている私の家は絵のようにみえた。戸山が原にも春の草が萠え出して、その青々とした原の上に、市内ではこのごろ滅多《めった》に見られない大きい鳶《とび》が悠々と高く舞っていた。
「郊外も悪くないな」と、わたしはまた思い直した。
 五月になると、大久保名物の躑躅《つつじ》の色がここら一円を俄《にわか》に明るくした。躑躅園は一軒も残っていないが、今もその名所のなごりを留めて、少しでも庭のあるところに躑躅の花を見ないことはない。元来の地味がこの花に適しているのであろうが、大きい木にも小さい株にも皆めざましい花を着けていた。わたしの庭にも紅白は勿論、むらさきや樺色の変り種も乱れて咲き出した。わたしは急に眼がさめたような心持になって、自分の庭のうちを散歩するばかりでなく、暇さえあれば近所をうろついて、そこらの家々の垣根のあいだを覗《のぞ》きあるいた。
 庭の広いのと空地の多いのとを利用して、わたしも近所の人真似《ひとまね》に花壇や畑を作った。花壇には和洋の草花の種を滅茶苦茶にまいた。畑には唐蜀黍《とうもろこし》や夏
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