意味が違って、いわば一種の春画である。それは幕府の役人に贈る秘密の賄賂で、金銭は珍しくない、普通の書画骨董類ももう古い。なにか新奇の工夫をと案じた末に、思い付いたのが裸体美人の写生画で、それを立派に表装して箱入りの贈り物にする。箱をあけて見て、これは妙案と感心させる趣向である。しかもその女が芸者や遊女では面白くない。さりとて堅気の娘がそんな注文に応ずる筈がない。結局、商売人と素人との中を取って、茶屋女のような種類に目をつけたのであるが、それとても選択がむずかしい。容貌《きりょう》がいいだけでもいけない。容貌もよし、姿も整って、年も若く、なるべく男を知らない女などという種々の注文をならべ立てると、その候補者はなかなか見いだせない。たとい見いだされたとしても、本人が不承知であればどうにもならない。
 その選択に行き悩んで、白羽《しらは》の矢を立てたのが喜多屋のお安であった。お安はそのころ十九の若い女で、すぐれた美人というのではないが、目鼻立ちの整った清らかな顔の持主で、背格好も肉付きもまず普通であった。船宿などに奉公する女であるから、どこか小粋《こいき》でありながら、下卑ていない。身持もよ
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