くて、これまでに浮いた噂もないという。それらの条件に合格したのが、お安の幸か不幸か判らなかったが、ともかくも甚五郎はかれに目を付けた。
 しかし問題が問題であるだけに、甚五郎はお安にむかって直接談判を開くことを躊躇した。彼は四郎兵衛をたのんで、その口からお安を口説き落させようと考えたのである。
「喜多屋の女房に頼んでもいいが、あいつは少し質《たち》のよくない奴だ。そんなことを根にして後《あと》ねだりなどをされるとうるさい。又その噂が世間へ洩れても困る。これはお安ひとりを相手の相談にしなければならない。他人にはいっさい秘密だ。」
 難儀の役目を言い付けられて、四郎兵衛も困った。しかも代々の出入り屋敷といい、平素から世話になっている留守居役が折り入って頼むのを、すげなく断るわけにもいかないので、彼はとうとうこの難役を引受けた。そして、どうにかこうにか本人のお安を説き伏せて、二十両の裸代を支払うことに取決めた。
 甚五郎も満足して万事の手筈を定め、お安は藤沢の叔母が病気だという口実で、主人の喜多屋から幾日かの暇を貰って、浅草辺の或る浮世絵師の家に泊り込むことになった。その絵師のことは四郎兵衛
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