た。疲れて倒れて、もう起きあがる気力もないらしいのである。
「困ったな。」と、文次郎は舌打ちした。
さっきから駕籠のうちで、お峰の親子はこの問答を聞いていたのであるが、もうこうなっては聞き捨てにならないので、お峰は駕籠を停めさせて垂簾《たれ》をあげた。
「その婆さんは起きられないのかえ。」
「息が切れて、もう起きられないようです。」と、文次郎は答えた。
お妻も駕籠の垂簾をあげて覗《のぞ》いた。
「鮫洲まで行くのだということだね。それじゃあそこまで私の駕籠に乗せて行ってやったらどうだろう。」
「そうしてやればいいけれど……。」と、お峰も言った。「それじゃあ私がおりましょう。」
「いいえ、おっ母さん。わたしがおりますよ。わたしはちっと歩きたいのですから。」
旅|馴《な》れない者が駕籠に長く乗り通しているのは楽でない。年のわかいお妻が少し歩きたいというのも無理ではないと思ったので、母も強《し》いては止めなかった。
お妻が草履《ぞうり》をはいて出ると、それと入れ代りに、老婆が文次郎と駕籠屋に扶けられて乗った。お妻を歩かせる以上、駕籠を早めるわけにもいかないので、鮫洲の宿に着いた頃には、
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