若い者が附添って、おとといの朝早く田町の店を出た。
 お妻は十九の厄年であるというので、その途中でまず川崎の厄除大師《やくよけだいし》に参詣した。それから横浜の親類の酒屋をたずねて、所々の見物にきのう一日を暮らした。横浜にふた晩泊って、三日目に江戸へ帰るというのが最初からの予定であるので、きょうは朝のうちに見残した所をひとめぐりして、神奈川の宿《しゅく》まで親類の者に送られて、お峰とお妻の親子は駕籠に乗った。文次郎は足|拵《ごしら》えをして徒歩《かち》で付いて来た。
 川崎の宿《しゅく》で駕籠をかえて、大森へさしかかった時に、お峰は近所の子供へ土産をやるのだといって名物の麦わら細工などを買った。そんなことで暇取《ひまど》って大森を出た二挺の駕籠が今や鈴ヶ森に近くなった頃には、旧暦の九月の日は早くも暮れかかって、海辺のゆう風が薄寒く身にしみた。
「お婆さん。お前さんはどこまで行くのだ。」と、文次郎は見かえって訊《き》いた。文次郎は十一の春から近江屋に奉公して、ことし二十三の立派な若い者である。
 一行の駕籠が大森を出る頃から、年ごろは六十あまり、やがては七十にも近いかと思われる老婆が杖も
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