らぬ借財が出来ている。現にこの歳の暮れにも井戸屋から相当の助力をして貰わなければ、無事に歳を越すことも出来ない始末である。万一この縁談が破れたなら、わたしは井戸屋に顔向けが出来ないばかりでない。ここで井戸屋に見放されたら、この年の瀬を越しかねて数代つづいた万屋の店を閉めなければならない事にもなる。そこを察して勘弁してくれと、伯父は老いの眼に涙をうかべて口説いた。
 これでいっさいの事情は判断した。いやな噂が聞えているために、大家の井戸屋にも嫁に来るものがない。そこへ自分の姪の娘を縁付けて、借財の始末や商売上の便利を図ろうとするのが、万屋の伯父の本心であった。つまりは近江屋の娘を生贄《いけにえ》にして、自分の都合のよいことをたくらんだのである。それを知って、お峰は腹立たしくなった。あまりにひどい仕方であると伯父を憎んだ。しかもこの縁談を打破れば万屋の店はつぶれるというのである。伯父ばかりでなく、伯母までが言葉を添えて、涙ながらに頼むのである。
 こうなると、女の心弱さに、お峰は伯父を憎んでばかりいられなくなった。結局は亭主とも相談の上ということで、かれは帰って来た。やがて由兵衛も帰って来
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