を知らないのでしょうかねえ。」と、お峰は疑うように言い出した。
「といって、三之助もまさか出たらめを言いはすまい。ほかの事とは違うからな。」と、由兵衛も半信半疑であった。
 万屋はお峰の伯父である。三之助は由兵衛の弟である。お峰としては伯父を信じ、由兵衛としては弟を信じたいのが自然の人情で、夫婦のあいだに食い違ったような心持がかもされたが、それで気まずくなるほどの夫婦でもなかった。まずその疑いを解くために、由兵衛は弟をたずねて再び詳しい話を聞き、お峰は伯父をたずねて真偽を確かめることにして、その翌日の早朝に夫婦は山の手へのぼった。
 二人は途中で引分かれて、由兵衛は代々木の三河屋へ行った。お峰は大木戸前の万屋をたずねた。万屋の伯父はお峰の詰問を受けてひどく難渋《なんじゅう》の顔色を見せたが、結局ため息まじりでこんな事を言い出した。
「おまえ達がそれを知った以上は、もう隠しても仕方がない。実は井戸屋にはそんな噂がある。と言ったら、なぜそんな家へ媒妁をしたと恨まれるかも知れないが、それには苦しい訳がある。」
 伯父は商売の手違いから、二、三年来その家運がおとろえて、同商売の井戸屋には少なか
前へ 次へ
全25ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング