夫婦も心が動いた。十九になるまで身の納まりの付かなかった娘が、そんな大家《たいけ》の嫁になることが出来れば、実に過分の仕合せであるとも思った。勿論《もちろん》、お妻にも異存はなかった。
十月はじめに、双方の見合《みあい》も型のごとく済んで、この縁談はめでたく纏《まと》まった。但しお妻は十九の厄年であるので、輿入《こしい》れは来年の春として、年内に結納の取交せをすませることになった。近江屋も相当の身代ではあるが、井戸屋とは比較にならない。井戸屋の名は下町《したまち》でも知っているものが多いので、お妻はその幸運を羨《うらや》まれた。
「どうだ。経帷子が嫁入り衣裳に化けたのだ。物事は逆さまといったのに嘘はあるまい。」と、由兵衛は誇るように笑った。
まったく逆さまである。怪しい老婆に経帷子を残されたのは、こういうめでたいことの前兆であったのかと、お峰もお妻も今更のように不思議に思ったが、いずれにしても意外の幸運に見舞われて、近江屋の一家は時ならぬ春が来たように賑わった。相手が大家であるので、お妻の嫁入り支度もひと通りでは済まない。それも万々《ばんばん》承知の上で、由兵衛夫婦は何やかやの支度
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