に、この頃の短い冬の日を忙がしく送っていた。
十一月になって、結納の取交せも済んで、輿入れはいよいよ来年正月の二十日過ぎと決められた。その十二月の十八日である。由兵衛は例年のごとく、浅草観音の歳市《としのいち》へ出てゆくと、その留守に三之助が歳暮の礼に来た。三之助は由兵衛の弟で、代々木町の三河屋という同商売の家へ婿に行ったのである。兄は留守でも奥の座敷へ通されて、三之助はお峰にささやいた。
「姉さん。このおめでたい矢先に、こんなことを申上げるのもどうかと思いますけれど、少し変なことを聞き込みましたので……。」
「変な事とは……。」
「あの井戸屋さんのことに就いて……。」と、三之助はいよいよ声を低めた。「あの家には変な噂があるそうで……。何代前のことだか知りませんが、井戸屋に奉公している一人の小僧のゆくえが知れなくなったのです。人にでも殺されたのか、自分で死んだのか、それとも駈落《かけおち》でもしたのか、そんなことはいっさい判らないのですが、その小僧の祖母《ばあ》さんという人が井戸屋へ押掛けて来て、自分の大事の孫を返してくれという。井戸屋では知らないという。又その祖母さんが強引に毎日押
前へ
次へ
全25ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング