に承知してお尋ね者を引受けた。それで当分は無事であったが、その翌年、すなわち安政元年の五月一日、この日は朝から小雨が降っている。その夕がたに文字友は内堀端の家を出て広小路の武蔵屋へたずねて行くと、その途中から町人風の二人づれが番傘をさして付いて来る。
 脛に疵もつ文字友はなんだか忌な奴らだとは思ったが、今更どうすることも出来ないので、自分も傘に顔をかくしながら、急ぎ足で広小路へ行き着くと、弥三郎は店さきへ出て往来をながめていた。
「なんだねえ、お前さん。うっかり店のさきへ出て……。」と、文字友は叱るように言った。
 なんだか怪しい奴がわたしのあとを付けて来ると教えられて、弥三郎もあわてた。早々に二階へ駈けあがろうとするのを、叔父の小兵衛が呼びとめた。
「ここへ付けて来るようじゃあ、二階や押入れへ隠れてもいけない。まあ、お待ちなさい。わたしに工夫がある。」
 五月の節句前であるから、おもちゃ屋の店には武者人形や幟がたくさんに飾ってある。吹流しの紙の鯉も金巾《かなきん》の鯉も積んである。その中で金巾の鯉の一番大きいのを探し出して、小兵衛は手早くその腹を裂いた。
「さあ、このなかにおはいりな
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