さい。」
 弥三郎は鯉の腹に這い込んで、両足をまっすぐに伸ばした。さながら鯉に呑まれたかたちだ。それを店の片隅にころがして、小兵衛はその上にほかの鯉を積みかさねた。
「叔父さん、うまいねえ。」と、文字友は感心したように叫んだ。
「しっ、静かにしろ。」
 言ううちに、果してかの二人づれが店さきに立った。二人はそこに飾ってある武者人形をひやかしているふうであったが、やがて一人が文字友の腕をとらえた。
「おめえは常磐津の師匠か。文字友、弥三郎はここにいるのか。」
「いいえ。」
「ええ、隠すな。御用だ。」
 ひとりが文字友をおさえている間に他のひとりは二階へ駈けあがって、押入れなぞをがたびしと明けているようであったが、やがてむなしく降りて来た。それから奥や台所を探していたが、獲物《えもの》はとうとう見付からない。捕り方はさらに小兵衛と文字友を詮議したが、二人はあくまで知らないと強情を張る。弥三郎はひと月ほど前から家を出て、それぎり帰って来ないと文字友はいう。その上に詮議の仕様もないので捕り方は舌打ちしながら引揚げた。

 ここまで話して来て、梶田さんは私たちの顔をみまわした。
「弥三郎はどうな
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