(しづかに。)さうめい/\に御挨拶にやあ及びません。腹を立つてゐるくらゐなら、こんな物を持つてわざ/\お禮に來やあしませんよ。(やゝ皮肉らしく。)つまりはわたしの身状《みじよう》が惡いからで……。左官屋の勘太郎は泥坊でもしさうな奴だ、人殺しでもしさうな奴だと、不斷からおまへさん達に睨まれてゐるので、自然こんなことになつたのですよ。
權三 いや、さう云はれると、いよ/\穴へでも這入りたくなるが、そこをまあ勘辨しておくんなせえ。
助十 これに懲《こ》りてこの後は、決して他人樣《ひとさま》の噂なんぞはしませんから、今度のところだけは何分勘辨して……。
勘太郎 まあ、同じことを幾度も云はないでもいゝ。なにしろ私はお禮に來たのだから、素直にこれを納めてください。わたしの持つて來た酒だからと云つて、まさかに毒が這入つてゐるわけでもないから。
助八 (むつとして。)おい、勘太郎さん。飛んだ人違ひをしてお前さんに迷惑をかけたのは重々こつちが惡い。それだから權三も、兄貴も、この通り平あやまりに謝まつてゐるぢやあねえか。それにおめえは男らしくもねえ。堪忍するなら堪忍する、堪忍しねえなら堪忍しねえと、なぜ
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