太郎 今も申す通り、わたしも明るい體になつて世間へ出て來ましたから、近所隣へも心ばかりの配り物をいたしました。そのついでと申しては何ですが、これを權さんと助さんへもお禮心に差上げたいと存じまして……。
助八 ひどく切口上で、をかしいぢやあねえか。なんで禮をくれるのだ。(勘太郎の顏をながめてゐる。)
與助 おゝ、角樽に鯣……。いや、なか/\行き屆いたものだな。
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(與助は猿を背負ひ、近寄つて覗く時、その背中にゐる猿は不意に手をのばして鯣を引つたくる。)
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與助 (おどろいて。)えゝ、飛んでもないことをするな。(鯣を取返して、猿のあたまを打つ。)さあ、さあ、お詫をしろ。お詫をしろ。
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(與助は背中より猿をおろし、その頭をおさへてお辭儀をさせようとすれば、猿はその手を拂ひ退け、齒をむき出して勘太郎に飛びかゝる。不意におどろきたる勘太郎はたちまち殘忍の相をあらはし、兩手に猿の喉を強くおさへて絞め殺し、その死骸を投げ出す。人々は呆氣
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