の黒や斑《ぶち》を殺したのとは譯が違ふからね。おまへさんも勘太郎の二代目になりたいのかえ。
權三 なに、勘太郎の二代目だ。おれがいつ人殺しをした。
おかん 現在あたしをぶち殺さうとしてゐるぢやあないか。勘太郎は赤の他人を殺したんだが、おまへは自分の連れ添ふ女房を殺さうといふのだから、なほ/\罪が深いよ。
權三 べらぼうめ。手前なんぞは横町の黒や斑と大した違《ちげ》えがあるものか。黒や斑はおれの顏をみると、尻《し》つ尾《ぽ》をふつて來るだけも可愛らしいや。
おかん 尻つ尾をふつて來るどころか、あたしなんぞはこんな家へ來て、女房の役からお爨《さん》どんの役まで勤めてゐるんぢやあないか。それでも可愛くないのかよ。一體おまへだの、隣の助十だのといふ奴を唯置くといふ法があるものか。このあひだの時に牢屋へでも投《はふ》り込んでしまへばいゝものを、町内預けにして無事に歸してよこしたお奉行樣の氣が知れないねえ。
權三 あのときに手前は一粒十六|文《もん》といひさうな涙をこぼして、おい/\泣きやあがつたのを忘れたか。おれが町内あづけになつて、無事に歸《けえ》つて來た顏をみると、手前は又むやみに喜んで、子
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