助八 ぢやあ、おれも可愛がつて遣《や》らうか。(猿のあたまを撫でる。)やい、えて公。手前も一緒に出て來ながら、親方の背中で高見の見物をきめてゐる奴があるものか。人並はづれて長え手を持つてゐるんぢやあねえか。みんなと一緒に綱をひいて、威勢好くエンヤラサアと遣つてくれ。おい、判つたか、判つたか。(猿の耳を引張れば、猿は引つかく。)え、え、痛《い》てえ、痛てえ。こん畜生、だしぬけに引つ掻きやあがつたな。
おかん おまへさんが惡戲《いたづら》をするから惡いんだよ。
與助 こいつは何うも氣が暴《あら》くつていけません。八さん。まあ堪忍して遣つてください。
助八 痛てえ、痛てえ。(手の甲を撫でながら。)氣が暴《あ》れえにも何にも、まつたく其奴は旅の山猿だ。江戸前の猿ぢやあねえ。
おかん 猿に江戸前も旅もあるものかね。うなぎと間違へてゐるんだよ。(笑ふ。)
雲哲 山の芋が鰻になつても、山猿がうなぎになつたと云ふ話は聞かないな。
願哲 はゝ、こいつは大笑ひだ。
助八 おい、與助。その山猿をおれに貸してくれ。
與助 え、どうするのだね。
助八 おれ一人が引つかゝれた上に、みんなのお笑ひ草になつちやあ割
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