奉行でも、大岡樣でも、このお捌きは屹《きつ》と間違つて居ります。わたくしの父にかぎりまして、決してそんなことはない筈でござります。どう考へても、それはお奉行樣のお眼違ひでござります。
六郎 (なだめるやうに。)まあ、まあ、落着いて物を云ひなさい。今更おまへが何と云つたところで、お捌きも濟み、本人も死んでしまつたものを、どうにも仕樣があるまいではないか。
彦三郎 勿論唯今となりましては、たとひ何と申したところで死んだ父が生き返るわけではござりません。それはよんどころない不運と諦めも致しませうが、せめては無實の罪といふことをお上へ申立てまして、父彦兵衞の惡名を清めたうござります。お家主樣。わたくしが一生のおねがひでござりますから、どうぞお力添へをねがひます。御承知の通り、父は大坂生れ、わたくしも御當地は初めてで、右を見ても左を見ても、誰ひとり頼みになる人はござりません。もし、お家主樣。(手をあはせる。)お願ひでござります。お願ひでござります。
六郎 あゝ、そんなことを云つて泣かせてくれるな。(眼をふく。)折角のおまへの頼みだ。わたしも何うかして遣りたいのは山々だが、こればかりはどうも困つた
前へ 次へ
全84ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング