助も手傳ひて、よき隙を見て助十と助八のあひだに突き出し、その駕籠を枷《かせ》にして二人を隔てる。)
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助十 えゝ、邪魔なものを持出しやあがるな。
助八 早く退《ど》けろ、退けてくれ。
雲哲 まあ、待つた、待つた。
願哲 あぶない、あぶない。
與助 兄弟喧嘩もいゝ加減にしなさい。
權三 さう/″\しい奴等だな。(縁先に出る。)おい、助十。もう止せよ。おれたちは町内あづけの身の上だから、むやみに騷ぎ立てるとお咎めを受けるのを知らねえか。
助十 そりやあおれも知つてゐるが、あの野郎があんまり癪に障《さは》るからよ。
おかん (表に出る。)朝つぱらから喧嘩なんぞをして見つともないぢやないが。一體どうしたの。
助十 町内あづけの身の上で、うつかりと出あるくわけにも行かず、よんどころなしに小さくなつてゐると、あの野郎め、その思ひやりも無しに毎晩遊び歩いてゐやあがつて、ゆうべもたうとう歸《けえ》らねえ。仕方がねえから、今朝もおれが水を汲む、飯を炊くといふ始末だ。そこへぼんやり歸つて來やあがつて、碌に挨拶もしねえでおれの炊いた飯を平氣で掻《か》つ食《くら》つてゐやあがる。あんまり人を馬鹿にしてゐやあがるから、おれが一番きめ付けてやると、逆ねぢに食つてかゝつて來やあがる。野郎め、ゆうべは何處かで振られて來やあがつて、その八つ中《あた》りを兄貴に持つて來るなんて、途方も途徹もねえ奴だ。おれが腹を立つのも無理はあるめえ。
助八 一年に一度や二度ぐらゐ兄貴に飯を炊かせたつて罰のあたるほどのこともあるめえ。第一その米はだれが買つたんだよ。
助十 おれはお預けの身の上だ。
助八 おあづけを好い幸ひにして、弟にばかり働かせることがあるものか。せめて小遣《こづか》ひ取りに草鞋《わらじ》でも綯《な》へといふのに、それもしねえで毎日毎晩ごろ/\してゐやあがる。一體、家《うち》の兄貴だの、隣の權三だのといふ野郎どもを、無事に歸してよこすといふ、お奉行樣の氣が知れねえ。このあひだから牢屋へぶち込んで置けばいゝのだ。
權三 こいつも嚊《かゝあ》と同じやうなことを云やあがる。手前の兄貴はどうだか知らねえが、この權三は牢に入れられるやうな惡いことはしねえのだ。うそだと思ふなら、大岡樣のところへ行つて聽いてみろ。
助八 えゝ、わざ/\聽きに行くまでもねえ。どうで所拂《ところばら》ひか追放にでもなる奴等だから、お慈悲で當分歸してくれたのだ。手前達は知らねえのか、左官屋の勘太郎はきのふの夕方、無事に歸されて來たぞ。
助十 (おどろく。)え、ほんたうか。
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(權三もびつくりして出て來る。)
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權三 おい、おい。ほんたうか、本當か。
おかん 本當に勘太郎は歸されたのかえ。
助十 そりやあ些《ちつ》とも知らなかつた。(又かんがへて。)やい、手前。おれ達をかつぐのぢやあねえか。
助八 (すました顏で。)まあ、かれこれ云ふことはねえ。論より證據だ。豐島町へ行つて勘太郎の家を覗いてみろ。今ごろは鼻唄で祝ひ酒でも飮んでゐらあ。
權三 こりやあ驚いたな。どうしたのだらう。
おかん やつぱり人違ひだつたのかねえ。
雲哲 なるほどさう云へば、お奉行所からの差紙《さしがみ》で、大屋さんと彦三郎さんは今朝早くから數寄屋橋へ出て行つたさうだ。
助十 ふむう。(權三と顏をみあはせる。)
與助 大屋さんの話では、左官の勘太郎といふ奴は不斷から身持のよくない男で、本職の鏝《こて》よりも賽《さい》ころを持つ方を商賣にしてゐる。さうして、丁度去年の暮頃から博奕《ばくち》に勝つたと云つて、急に身なりを拵《こしら》へたり、酒を飮んだり、女を買つたりして遊びあるいている。いや、まだそればかりでなく、馬喰町の女隱居の殺された晩にも、あいつは夜が更けてから歸つて來て、木戸を叩いて竊《そ》つと入れて貰つたといふことだ。
おかん そのほかにも色々怪しいことがあるから、どうしても勘太郎の仕業に相違ない。今度の一件も十に九つはこつちの物だと、大屋さんも大變よろこんでゐなすつたのだが、どういふわけでそれが急に引つくり返つてしまつたのかねえ。
願哲 流石《さすが》の大屋さんも今朝はよつぽど苦勞ありさうな顏をして出て行つたといふから、どうもむづかしいのかも知れないな。
與助 八さんのいふ通り、勘太郎がゆうべ歸されて來たのが論より證據だ。
おかん 困つたことになつたねえ。(權三に。)おまへさん。どうするえ。
權三 どうすると云つて……。おれも面喰《めんくら》つてしまつた。おい、助十。どうも困つたな。
助十 まつたく困つたな。だからおれが止せといふのに、手
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