があるものか。お祭が通るのぢやあねえ。早く出て來い。こいつ等、出て來ねえと唯は置かねえぞ。
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(助八は寄らうとすると、與助の猿はその頭髻《たぶさ》をつかんで引く。)
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助八 えゝ、だれだ、誰だ。惡ふざけをしちやあいけねえ。止せ、よせ。
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(助八は猿に引かれながら、上のかたに入る。)
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權三 (笑ふ。)はゝ、好い觀《み》せ物だぜ。
おかん あいつはさつきも猿に引つかゝれたんだよ。
權三 あんな奴等は猿を相手に、きやつ[#「きやつ」に傍点]/\と云つてゐるのが丁度相富だ。
おかん ほんたうに猿芝居の役者だねえ。
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(夫婦は笑つてゐる。やがておかんは氣がついたやうに上のかたを見かへる。)
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おかん お長屋の人達がみんな出てゐるのに、中途から拔けてしまふのも何だから、せめてあたしだけでも行つて來ようかねえ。
權三 なに、打つちやつて置けといふのに……。ぐづ[#「ぐづ」に傍点]/\云ふのは助の兄弟ぐらゐのものだ。ほかにも文句をいふ奴があつたら、どいつでもおれが相手になつて遣《や》らあ。長屋中が束《たば》になつて來ても、びく[#「びく」に傍点]ともするもんぢやあねえ。矢でも鐵砲でも持つて來いだ。
おかん でも、大屋さんに叱られると困るぢやあないか。
權三 むゝ。(少し考へる。)去年もさん/″\膏《あぶら》を取られたつけな。
おかん それ、御覽な。ほかの奴はどうでも構はないけれど、大屋さんの心持を惡くするといけないからねえ。
權三 だが、大屋さんは善い人だ。まさかに店立《たなだ》ては食はせるとも云ふめえ。
おかん 善い人だけに、こつちでも其のつもりで附合はなくちやあ惡いよ。
權三 さうかなあ。(又かんがへる。)ぢやあ、いつそおれが行つて來ようか。(起ちかけて又かんがへる。)だが、これからのそ[#「のそ」に傍点]/\出て行くと、なんだか助の野郎におどかされたやうで、ちつと癪《しやく》だな。おれはまあ止さう。おめえも止せよ。
おかん 止してもいゝかねえ。
權三 大屋さんに叱られたら、あやまる分のことだ。なに、むづかしいことはねえ。あやまれば屹《きつ》と堪忍してくれるよ。
おかん あの大屋さんにあやまるのは、幾らあやまつても口惜しくはないけれど……。
權三 それだからあやまると決めて置けばいゝよ。
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(上のかたより助八は猿を引つかゝへて出づ。あとより與助が追つて出づ。)
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與助 これ、これ、わたしの猿をどこへ持つて行くのだ。
助八 こん畜生、二度も三度もおれにからかやあがつて……。もう生かして置かれるものか。あの井戸へ叩つ込んでしまふのだ。(上のかたへ引返して行きかゝる。)
與助 えゝ、飛んでもないことだ。
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(與助は猿を取返さうとして爭ふところへ、上のかたより助十出づ。)
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助十 これ、八。馬鹿なことをするなよ。
助八 なにが馬鹿だ。
助十 この最中に猿なんぞを相手にして騷いでゐる奴は馬鹿に相違ねえ。そんなものは打つちやつて置いて、早く行け、行け。
助八 いやだ、いやだ。こん畜生を井戸へ叩つ込まなけりやあ料簡出來ねえ。
助十 折角井戸がへをしたところへ、そんなものを叩つ込まれて堪るものか。馬鹿野郎、よせと云ふのに……。
助八 止《よ》さねえ、止さねえ。
助十 そんなら猿の身代りに手前をぶち込むからさう思へ。
助八 なにを云やあがる。
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(兄弟はむしり合ひ、なぐり合ひの喧嘩になる。その隙をみて與助は猿を取返し、逆さまに背負ひて上のかたへ走り去る。)
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權三 仕樣のねえ奴等だな。(おかんに。)留めてやれ、留めてやれ。
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(夫婦は縁から降りて、無理に兄弟を引き分ける。)
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權三 毎日めづらしくもねえ、兄弟喧嘩はよせ、よせ。
おかん 八さんも兄さんに楯《たて》を突くのはよくないよ。
助八 べらぼうめ。猿の味方をして弟をなぐるやうな奴は兄貴ぢや
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