どこの幽霊が戸惑いをして来たのか、それはわからない。
 その話を聞いて、彼はまた蒼くなって、自分はその得体の知れない幽霊に取付かれたに相違ないときめてしまった。家へ帰る途中から気分が悪くなって、それから三日ばかりは半病人のようにぼんやりと暮らしていたが、かのばあさんは執念ぶかく彼を苦しめようとはしないで、その後かれの前に一度もその姿をみせなかった。彼も安心して、九月からは自分の持席をつとめた。
 かのあき家は冬になるまでやはり貸家の札が貼られていたが、十一月のある日、しかも真っ昼間に突然燃え出して焼けてしまった。それが一軒焼けで終ったのも、なんだか不思議に感じられるというのであった。

     二

 第二は十五夜――これは短い話で、今からおよそ二十年ほど前だと覚えている。芝の桜川町付近が市区改正で取拡げられることになって、居住者は或る期間にみな立退いた。そのなかで、或る煙草屋――たしか煙草屋だと記憶しているが、あるいは間違っているかも知れない。――の主人が出張の役人に対してこういうことを話した。
 自分は明治以後ここへ移って来たもので、二十年あまりも商売をつづけているが、ここの家に
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