ぐったらしい銚子縮《ちょうしちぢみ》の浴衣《ゆかた》までがよく似ているように思われるので、彼は何だか薄気味が悪くなって、早々にそこを立去った。
彼は方角をかえて、神田から九段の方へ行くと、九段坂の上にも大勢の人がむらがっていた。彼はそこで暫くうろうろしていると、またぞっとするような目に逢わされた。湯島でみたあのばあさんがいつの間にかここにも来ているのだ。彼はもし自分ひとりであったら思わずきゃっと声をあげたかも知れないほどに驚いて、早々に再びそこを逃げ出した。
彼はそれから芝の愛宕山へのぼった。高輪の海岸へ行った。しかも行く先々の人ごみのなかに、きっとそのばあさんが立っているのを見いだすのだ。勿論そのばあさんが彼を睨むわけでもない、彼にむかって声をかけるわけでもない、ただ黙って突っ立っているのだが、それがだんだんに彼の恐怖を増すばかりで、彼はもうどうしていいか判らなくなった。自分はこのばあさんに取付かれたのではないかと思った。
月の出るにはまだ余程時間があるのだが、彼にとってはもうそんなことは問題ではなかった。なにしろ早く家へ帰ろうと思ったが、その時代のことだから電車も鉄道馬車もな
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