悔みに行くと、彼の母は泣きながら話した。
「なぜ無分別なことをしたのか、ちっとも判りません。よくよく聞いてみますと、その相手の女というのは、以前この屋敷に住んでいた本多という人の娘だそうです。沼津へ引っ込んでから、いよいよ都合が悪くなって、ひとりの娘を吉原へ売ることになったのだということですが、せがれはそれを知っていましたかどうですか。」
「なるほど不思議な縁ですね。梶井君は無論知っていたでしょう。知っていたので、両方がいよいよ一種の因縁を感じたという訳ではないでしょうか。」と、僕は言った。「それにしても、梶井君が家を出て行くときに、今から考えて何か思いあたるような事はなかったでしょうか。わたくしなどは本当に突然でおどろきましたが……。」
「当日は学校をやすみまして、午後からふらりと出て行きました。そのときに、お母さん、今夜は旧の十三夜ですねと言って、庭のすすきをひとたば折って行きましたが、大かたお友達のところへでも持って行くのだろうと思って、別に気にも止めませんでした。あとで聞きますと、ふたりで死んだ座敷の床の間にはすすきが生けてあったそうです。」
 十三夜――文明開化の僕のあたまも
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