。男というのは父ひとりで、ほかはみな女ばかりであるから、なにかの事があると一倍に騒ぎ立てるようにもなる。それがうるさいので、父ももう打捨てては置かれなくなった。
「おおかた野良犬でも這い込むのだろう。」
 こうは言いながらも、ともかくもそれを実験するために、父はひと晩眠らずに張番《はりばん》していた。それには八月だから都合がいい。残暑の折柄、涼みがてらに起きていることにして、家内の者はいつものように寝かしつけて置いて、父ひとりが縁側の雨戸二、三枚を細目にあけて、庭いっぱいの虫の声を聞きながら、しずかに団扇《うちわ》を使っていた。まだその頃のことであるから、床《とこ》の間《ま》には昔を忘れぬ大小が掛けてある。すわといえばそれを引っさげて跳り出すというわけであった。
 ことしはかなりに残暑の強い年であったが、今夜はめずらしく涼しい風が吹き渡って、更《ふ》けるに連れて浴衣一枚ではちっと涼し過ぎるほどに思われた。月はないが、空はあざやかに晴れて、無数の星が金砂子《きんすなご》のようにきらめいていた。夜ももう十二時を過ぎた頃である。庭のどこかでがさがさという音が低くひびいた。それが夜風になびく草
前へ 次へ
全25ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング