も一方には山や森をひかえているのであるから、不用心とか物騒とかいうことは勿論であると思わなければならない。人間ばかりでなく、種々の獣《けもの》も襲ってくるらしい。現に隣りの家では飼い鶏をしばしば食い殺された。それは狐か狢《むじな》の仕業であろうということであった。夕方のうす暗いときに、なんだか得体《えたい》のわからない怪獣がわたしの家の台所をうかがっていたといって、年のわかい女中が悲鳴をあげて奥へ逃げ込んで来たこともあった。夏になると、蛇がむやみに這い出して、時には軒先からぶらりと長く下がって来ることがある。まったく始末におえない。
前置きが少し長くなったが、これらの話はそういう場所で起ったものであると思って貰いたい。その年の八月、西郷隆盛がいよいよ日向《ひゅうが》の国に追い籠められたという噂が伝えられた頃である。わたしの家の庭内で毎晩がさがさという音が聞えるというので、女中たちはまた怖がりはじめた。なんでも夜がふけると、人か獣か、庭内を忍びあるくというのである。その当時、わたしの家庭は父と母と姉とわたしと、ほかに女中二人であったが、姉とわたしは子供と赤ん坊であるから問題にはならない
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