の葉ずれでないと覚《さと》って、父は雨戸の隙き間から庭の方に眼をくばっていると、その音は一カ所でなく、二カ所にも三カ所にもきこえるらしい。
「獣だな。」と、父は思った。やはり自分の想像していた通り、のら犬のたぐいが忍び込んで何かの餌をあさるのであろうと想像された。
しかし折角こうして張番している以上、その正体を見届けなければ何の役にも立たない。そうして、その正体をたしかに説明して聞かせなければ、女どもの不安の根を絶つことは出来ない。こう思って、父はそっと雨戸を一枚あけて、草履をはいて庭に降りた。縁の下には枯れ枝や竹切れがほうり込んであるので、父は手ごろの枝を持ち出して静かにあるき始めた。庭には夜露がもう降《お》りているらしく、草履の音をぬすむには都合がよかった。
耳をすますと、がさがさという音は庭さきの空地の方から低く響いてくるらしい。前にもいう通り、ここは四目垣を境にしてただ一面の藪のようになっているので、人の丈《たけ》よりも高いすすきの葉に夜露の流れて落ちるのが暗いなかにも光ってみえる。父は四目垣のほとりまで忍んで来て、息をころして窺うと、あたかもその時、そこらの草むらがざわざ
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