るので、おいねの方でも嫉妬に堪えかねて、夫婦喧嘩の絶え間はなかった。
その晩もいつもの夫婦喧嘩から、一杯機嫌の権七は、店にならべてある商売物のなかから大工道具の手斧《ちょうな》を持ち出して、女房の脳天を打ち割ったので、おいねは即死した。権七もさすがに驚いてどこへか姿をかくした。
安達の奥さんの消息はこれで判った。古道具屋の店は森川権七の名になっているので、父がさがし当てなかったのも無理はなかった。二、三日の後に、父が米屋の主人に逢うと、主人もこの新聞記事におどろいていた。
「権七という中間はわたくしも知っています。上州の生れだとか聞きましたが、小作《こづく》りの小粋な男でした。あれが御主人の奥さんと夫婦になって……。おまけに奥さんをぶち殺すなんて……。まったく人間のことは判りませんね。」と、主人は歎息していた。
九月の末に大あらしがあった。午後から強くなった雨と風とが宵からいよいよ烈しくなって、暁け方まであれた。殊にここらは品川の海に近いので、東南《たつみ》の風はいっそう強く吹きあてて、わたしの家の屋根瓦もずいぶん吹き落された。庭の立木も吹き倒された。塀も傾き、垣もくずれた。
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