塗をする。まことに簡単とも簡便とも申しようがない。それですから外国の幕間は五分でもいいわけなので、日本の芝居の道具は五分やそこらで飾れるものじゃありません。立木なんかでも外国のは「切出し」といって正面からそう見える板なんですが、日本では本物と同じような丸の木を植えている。それを早く片附けて次のものを早く飾るようにしなければならない。普通の人は前の道具をこわす時間を考えないけれども、つまり手数からいうと二度になるので、幕間五分といっても、二分半でこわして二分半で飾らなければならないのです。そこで舞台装置家はなるべく手のかからぬようにかからぬようにと心がける。念を入れたものが出来ないのは已むを得ません。
 役者の顔をつくるのでもそうです。現代劇の方はさほどでもないが、歌舞伎になりますと、五分位で出来るものじゃない。本当にやれば前の顔を洗って地の顔にして、それから次の顔にかかるのですが、とてもそんな時間はないものだから、作った上をちょっとごまかして出ることになる。真白に塗る歌舞伎の顔は五分や十分で出来るものじゃない。壁を塗るのと同じ理窟で、下塗、中塗、上塗と三度塗らなければ、ツヤのある綺麗な
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