いたる紅白|瑠璃《るり》の花を現《うつつ》ともなく見入れるさま、画に描《かか》ばやと思う図なり。あなたの二階の硝子窓《がらすまど》おのずから明るくなれば、青簾《あおすだれ》の波紋《なみ》うつ朝風に虫籠ゆらぎて、思い出したるように啼出《なきだ》す蟋蟀《きりぎりす》の一声、いずれも凉し。
六時をすぎて七時となれば、見わたす街は再び昼の熱閙《ねつとう》と繁劇に復《かえ》りて、軒をつらねたる商家の店は都《すべ》て大道《だいどう》に向って開かれぬ。狼籍《ろうぜき》たりし竹の皮も紙屑も何時《いつ》の間にか掃《はき》去《さ》られて、水うちたる煉瓦の赤きが上に、青海波《せいかいは》を描きたる箒目《ほうきめ》の痕《あと》清く、店の日除《ひよけ》や、路ゆく人の浴衣《ゆかた》や、見るもの悉《ことごと》く白きが中へ、紅き石竹《せきちく》や紫の桔梗《ききょう》を一荷《いっか》に担《かた》げて売に来る、花売《はなうり》爺《おやじ》の笠の檐《のき》に旭日《あさひ》の光かがやきて、乾きもあえぬ花の露|鮮《あざ》やかに見らるるも嬉し。鉄道馬車は今より轟《とどろ》き初《そ》めて、朝詣《あさまいり》の美人を乗せたる人力車
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング