が斜めに線路を横ぎるも危うく、活《い》きたる小鰺《こあじ》うる魚商《さかなや》が盤台《はんだい》おもげに威勢よく走り来れば、月琴《げっきん》かかえたる法界節の二人|連《づれ》がきょうの収入《みいり》を占いつつ急ぎ来て、北へ往《ゆ》くも南へ向うも、朝の人は都《すべ》て希望と活気を帯びて動ける中に、小さき弁当箱携えて小走りに行く十七、八の娘、その風俗と色の蒼《あお》ざめたるとを見れば某《ある》活版所の女工なるべし、花は盛の今の年頃を日々の塵埃《ほこり》と煤《すす》にうずめて、あわれ彼女《かれ》はいかなる希望を持てる、老《おい》たる親を養わんとにや。わが嫁入の衣裳《いしょう》の料《しろ》を造らんとにや。
 八時をすぐれば街はいよいよ熱閙の巷《ちまた》となりて、田舎者を待って偽物《いかもの》を売る古道具商《ふるどうぐや》、女客を招いて恋を占う売卜者《ばいぼくしゃ》、小児《こども》を呼ぶ金魚商《きんぎょや》、労働者を迎うる氷水商《こおりみずや》、おもいおもいに露店を列《なら》べて賑《にぎ》わしく、生活のために社会と戦う人の右へ走り左へ馳《は》せて、さなきだに熱き日のいよいよ熱く苦しく覚うる頃とな
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