りの大欠《おおあくび》して身を起せば、乞食か立ん坊かと見ゆる風体《ふうてい》怪しの男が、酔えるように踉蹌《よろめ》き来りて、わが足下《あしもと》に転がりたる西瓜《すいか》の皮をいくたびか見返りつつ行過ぎし後《のち》、とある小《お》ぐらき路次《ろじ》の奥より、紙屑籠背負いたる十二、三の小僧が鷹のようなる眼を光らせて衝《つ》と出《い》でぬ、罪のかげはこの児《こ》の上を掩《おお》えるように思われて、その行末の何とやらん心許《こころもと》なく物悲しく覚えらるるなり、早き牛乳配達と遅れたる新聞配達は、相前後して忙《せわ》しげに人道を行違う、時はいま午前三時。
築地海岸にむかえる空は仄白《ほのしろ》く薄紅《うすあか》くなりて、服部の大時計の針が今や五時を指すと読まるる頃には、眠れる街も次第に醒めて、何処《いずく》ともなく聞ゆる人の声、物の音は朝の寂静《しずけさ》を破りて、商家の小僧が短夜《みじかよ》恨めしげに店の大戸がらがらと明《あく》れば、寝衣《ねまき》姿《すがた》媚《なまめ》きてしどけなき若き娘が今朝の早起を誇顔《ほこりがお》に、露ふくめる朝顔の鉢二つ三つ軒下に持出でて眼の醒むるばかりに咲揃
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