大詰まで書き負せるか何うだか、我ながら覺束《おぼつか》ないやうに思はれる。
お作 え。なんでそんな事が……。
半二 誰がなんと云はうとも、自分のからだの事は自分が一番よく知つてゐる。萬一わたしが今夜にも倒れてしまつて……。中途で筆を捨てるやうなことがあつたら、あとはお前が書き足してくれ。
お作 あれ、飛んでもないことを……。御存じの通り未熟者がどうして先生の御作に書き足しなどが出來ませう。木に竹をつぐと世の譬《たと》へにも申すのは、ほんにこの事でござります。どなたか書く人を大阪からお呼びなされては……。
半二 いや、その大阪にも呼んで來るほどの者がゐないのだ、なまじひの者に繼ぎ足しをされるよりも、いつそお前に頼む方が好い。わたしが頼むから書いてくれ。九つ目の筋のあらましはかねて話してある筈だ。それを土臺にして大詰の仇討まで……。この淨瑠璃はおそらく私の絶筆であらう。それが中途で切れてしまつては、座元も困るに相違なく、わたしも殘念だ。おまへのことは庄吉にも話して置いたから遠慮はない。(すこし考へて)さうだ。おまへの名はお作といひ、それがわたしの作に書き加へるのだから、近松加作……。正本《
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