おきよ はい、はい。
[#ここから5字下げ]
(おきよは縁を降りて出れば、庄吉も進み出づ。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
庄吉 おゝ、女中さん。道頓堀から又おなじみのおどけ者が參りました。
おきよ (笑ひながら)ほゝ、先日は失禮を……さあ、どうぞお通り下さりませ。
[#ここから5字下げ]
(おきよは枝折戸をあける。道頓堀といふ聲に、半二もお作も見返る。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
半二 なに、道頓堀……おゝ、庄吉どのか。
庄吉 けふは山科の隱れ家へ戸南瀬《となせ》と小浪《こなみ》をお連れ申しました。
半二 戸南瀬と小浪……。誰だな。
染太夫 先生。わたしでござります。
半二 おゝ、染太夫……。吉治さんも一緒か。
吉治 戸南瀬と小浪よりも、九太夫《くだいふ》と伴内《ばんない》かも知れませんな。
染太夫 (庄吉をみかへる)いや、伴内はこの男が本役だ。
[#ここから5字下げ]
(染太夫、吉治、庄吉は笑ひながら縁にあがる。お作とおきよはそこらを片附ける。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
半二 この通りの狹いところへ病人が寢てゐるのだ。まあ、我慢して坐つてください。
[#ここから5字下げ]
(三人は會釋して坐る。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
半二 染太夫さん。今もおまへの噂をしてゐた所だ。
染太夫 (笑ひながら)噂は善い方か、惡い方かな。
庄吉 大かた獅子《しし》身中《しんちゆう》の蟲とでも云はれたのでござりませう。
染太夫 やかましい。だまつてゐなさい。
半二 なに、いつかの「妹脊山」の雛の話をしてゐたのだ。(違ひ棚を指さす)あれ、あの人形の昔話さ。
染太夫 (うなづく)ほんにあの人形がまだ飾つてある。考へると昔のことだな。
吉治 そこで、御病氣は……。大阪でもみな案じて居りますが……。
庄吉 座元がお見舞ながら伺はなければならないのでござりますが、正月の芝居のあと始末がまだごた/\して居りますのでこの力彌《りきや》めが名代に參上いたしました。(形を改めて)座元からもくれぐれも宜しくと申しました。これは疎末ながらお見舞のおしるしでござります。(供の若者に指圖して、菓子の折を持ち出す)おめづらしくもござりませんが、虎屋の饅頭を少々ばかり持參いたさせました。主人の逮夜の蛸肴《たこざかな》とも思召して、なにとぞ御賞翫《ごしやうぐわん》をねがひます。
半二 おゝ、虎屋の饅頭……。それを見ると、大阪がなつかしくなる。お見舞、たしかに頂戴しました。
庄吉 御挨拶では痛み入ります。(供の若者に)わたし達は少し手間取るであらうから、この状を持つて清水《きよみづ》まで一走り行つて來てくれ。
若者 かしこまりました。
庄吉 きつと返事を貰つて來るのだぞ。さつき云ひ聞かせた口上《こうじやう》も忘れるなよ。
若者 はい、はい。手負ながらもぬからぬ本藏、萬事こゝろ得て居ります。(會釋して下のかたへ立去る)
庄吉 あいつめ、おれに輪をかけたおどけ者だ。
半二 折角遠方を來て下さつたが、この通りで何もお構ひ申すことも出來ない。お持たせの饅頭でも持ち出して、お茶をあげろ。
おきよ はい、はい。
[#ここから5字下げ]
(おきよとお作は奧に入る。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
庄吉 (見送る)お女中はかねてお馴染でござりますが、あの若い美しいお人は……。
染太夫 はゝ、庄吉どのは眼が早いな。
吉治 女と見れば、いつもこの通りだ。
庄吉 力彌さんのお屋敷へ、小浪が先廻りをしてゐるには驚きましたな。
半二 (笑ひながら)あれは祇園町の揚屋の娘で、お作といふのだ。
庄吉 はゝあ、祇園町の揚屋の娘……。道理で、派手な美しい娘だと思ひました。それが先生の御看病に參るのでござりますか。
吉治 お前はひどく氣になるとみえて、根ほり葉掘りの詮議だな。
半二 おやぢは先年死んでしまつて、今は女あるじだが、おふくろも娘も揃つての、淨瑠璃好きで、娘は淨瑠璃の稽古をするひまに、自分も慰みに淨瑠璃をかいて、とき/″\私のところへ添削を頼みに來るのだ。
庄吉 あの娘が自分で淨瑠璃をかきますか。それはいよ/\頼もしいことだ。あゝいふ娘に色つぽい心中物でも書かせて見たうござりますな。して、これまでにどんな物を書きました。
染太夫 いや、この男は惡い癖で、女の話をはじめたら際限がない。それよりも肝腎の用向きを早く話したらどうだ。
庄吉 (あたまを掻く)はい、はい。では、早速ながら先生に申上げます。大かたお聞き及びでもござりませうが、この正月の芝居は「新薄雪物語《しんうすゆきものがた
前へ
次へ
全7ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング