を伴って行ったことはなかった。寵愛の玉藻の望みでも、法性寺の供だけは一度も許されなかった。兼輔もそこに気がついて苦笑いした。
「はは、叔父のかたくなは今に始まったことでござらぬ。われらも顔さえ見せれば何かと叱られて、むずかしい説法を小半※[#「※」は「日へんに向」、読みは「とき」、78−6]《こはんとき》も聞かさるる。うかと美しい女子など引き合わせたら、また何を言わりょうやら。しかしほかならぬお身の頼みじゃ。ちっとぐらい叱られても苦しゅうござらぬ。なんどきなりとも案内して、叔父の阿闍梨に逢わせ申そうよ」と、彼は事もなげに受け合った。
「八歳の龍女が当下《とうげ》に成仏したことは提婆品《だいばぼん》にも説かれてあります。いかに罪業《ざいごう》のふかい女子の身とて、尊い阿闍梨の教化を受けましたら、現世《げんせ》はともあれ、せめて来世《らいせ》は心安かろうにと、唯そればかりを念じておりまする」と、玉藻の声はすこしく陰った。
いたましく打ちしおれたような玉藻のすがたが、兼輔の眼には更に一段のあでやかさを加えたようにも見られた。彼が好んで口ずさむ白楽天の長恨歌の「梨花一枝春帯雨《りかいっしはる
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