すぞ」と、女も扇を口にあてて軽く笑った。
「これは迷惑。われらには左様な心当ては少しもござらぬ。唯ここにさまよい暮らして、物いわぬ花のかげを眺めているばかりじゃ。おなぶりなさるな」
まじめらしく言い訳する男の顔を、女はやはり笑いながらじっと見入っていた。遠い亭座敷から笛の声がゆるく流れて来て、吹くともない春風にほろほろと零《こぼ》れて落ちる桜の花びらが、女の鬢《びん》の上に白く宿った。
女は玉藻の前であった。坂部庄司蔵人行綱の娘の藻が関白忠通卿の屋形に召し出されて、侍女《こしもと》の一人に加えられたのは、彼女が十四の秋であった。当代の賢女と言い囃されていた忠通の奥方は、それから間もなくにわかに死んだ。忠通もその後無妻であったので、美しいが上にさかしい藻は主人《あるじ》の卿の寵愛を一身にあつめて、ことし十八の花の春をむかえた。奉公の後も忠通はむかしのままに藻という名を呼ばせていたが、玉のように清らかな彼女のかんばせは早くも若公家ばらの眼をひいて、誰が言い出したともなしに、彼女の名の上には玉という字がかぶらせられた。それがだんだんに言い慣わされて、あるじの忠通すらも今では彼女を玉藻と呼
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