いろの悪巧みをしおるのじゃ。世間でいうに嘘はない。ほんに疫病よりも怖ろしい婆じゃ。あんな奴の言うこと、善いにつけ、悪いにつけ、なんでも一切《いっさい》取り合うてはならぬぞ」
兄が妹をさとすようにませた口吻《くちぶり》で言い聞かせると、藻はおとなしく聴いていた。千枝松はまだ胸が晴れないらしく、自分が知っている限りの軽蔑や呪詛《のろい》のことばを並べ立てて、自分たちの家《うち》へ帰り着くまで、憎い、憎い、陶器師の疫病婆を罵りつづけていた。
秋の宵はまだ戌《いぬ》の刻(午後八時)をすぎて間もないのに、山科《やましな》の村は明かるい月の下に眠っていた。どこの家《いえ》からも灯のかげは洩れていなかった。大きい柿の木の下に藻は立ちどまった。
「あすの晩も誘いに来るぞよ」と、千枝松はやさしく言った。
「きっと誘いに来てくだされ」
「おお、受け合うた」
ふた足ばかり行きかけて、千枝松はまた立ち戻って来た。
「途《みち》みちも言うた通りじゃ。疫病婆めが何を言おうとも、必ず取り合うてはならぬぞよ。よいか、よいか」
小声に力をこめて彼は幾たびも念を押すと、藻は無言でうなずいて、柿の木の下から狭い庭口
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