売り尽くしてしもうた。秋はもう末になる。北山しぐれがやがて降り出すようになったら、わたしら親子は凍《こご》えて死ぬか。飢えて死ぬか。それを思うと、ほんに悲しい。きのうも隣りの陶器師《すえものつくり》の婆どのが見えられて、いっそ江口《えぐち》とやらの遊女に身を沈めてはどうじゃ。煩《わずろ》うている父御ひとりを心安う過ごさせることも出来ようぞと、親切にいうて下されたが……」
「陶器師の婆めがそのようなことを教えたか」と、千枝松は驚きと憤りとに、声をふるわせた。「して、お前はなんと言うた」
「なんとも言いはせぬ。ただ黙って聴いていたばかりじゃ」
「重ねてそのようなことを言うたら、すぐわしに知らしてくれ、あの婆《ばば》めが店さきへ石塊《いしくれ》なと打ち込んで、新しい壺の三つ四つも微塵《みじん》に打ち砕いてくるるわ」
 罵《ののし》る権幕があまりに激しいので、藻はなにやら心もとなくなった。彼女はなだめるように男に言った。
「わたしらの難儀を見かねて、あの婆どのは親切に言うてくれたのじゃ」
「なにが親切か」と、千枝松は冷笑《あざわら》った。「あの疫病《やくびょう》婆め。ひとの難儀に付け込んでいろ
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