でない。父の赦免を願おうためか。さりとは哀れにいじらしい」と、忠通は彼女のうしろ姿をいつまでも見送って再び感歎の溜息を洩らした。
 信西は黙っていた。定めてなんとか相槌《あいづち》を打つことと思いのほか、相手は固く口を結んでいるので、忠通はすこし張り合い抜けの気味であった。彼は信西の返事を催促するように、また言った。
「あれほどの乙女を草の家《や》に朽ちさするはいとおしい。眉目形《みめかたち》といい、心ばえといい、世にたぐいなく見ゆるものを……。のう、入道。あれをわが屋形に迎い取って教え育て、ゆくゆくは宮仕えをもさしょうと思うが、どうであろうな」
 信西は眼をとじて黙っていた。彼の険しい眉は急に縮んだかと思われるように迫ってひそんで、ひろい額《ひたい》には一本の深い皺を織り込ませていた。彼が大事に臨んで思案に能《あた》わぬ時に、いつもこうした物凄い人相を現わすことを忠通もよく知っていた。知っているだけに、なんだか不思議にも不安にも思われた。
「入道。どうかおしやれたか」
 重ねて呼びかけられて、信西は初めて眼をひらいたが、何者をか畏《おそ》るるようにその眼を再び皺めて、しばらくは空《く
前へ 次へ
全285ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング