す》やすと詠み出したのであるから、関白や大納言が驚歎の舌をまいたのも無理はなかった。
「父は勅勘の身ともあれ、娘には子細あるまい。予が逢いたい。すぐに召せ」と、忠通は言った。
 関白家のさむらい織部清治《おりべきよはる》はあくる日すぐに山科郷へゆき向かって、坂部行綱の侘び住居《ずまい》をたずねた。思いも寄らぬ使者をうけて、行綱もおどろいた。彼は娘が大納言の屋形へ推参《すいさん》したことをちっとも知らなかったのであった。その頃の女のたしなみとして、行綱は娘にも和歌を教えた。しかしそれが当代の殿上人を驚かすほどの名誉の歌人になっていようとは夢にも知らなかった。彼は驚いてまた喜んだ。彼は父に無断で大納言の屋形に推参した娘の大胆を叱るよりも、それほどの才女を我が子にもったという親の誇りに満ちていた。
「折角のお召し、身に余ってかたじけのうはござりますけれど……」
 言いかけて彼はすこしためらった。貧と病いとに呪われている彼は、関白殿下の御前《ごぜん》にわが子を差し出すほどの準備がなかった。いかに磨かぬ珠だといっても、この寒空にむかって肌薄な萌黄地の小振袖一重で差し出すのは、自分の恥ばかりでない
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