めに勅勘《ちょっかん》の身となった。その後いずこに忍んでいるとも聞かなんだが、さては山科に隠れていて、藻は彼の娘であったか。親にも生まれまさった子を持って、彼はあっぱれの果報者《かほうもの》じゃ」
藻が父の名をつつんだ子細もそれで判った。勅勘の身を憚ったのである。父が教えたか、娘が自分に思いついたか、そのつつましやかな心根を大納言はゆかしくも又あわれにも思った。彼はその夜すぐに関白|忠通《ただみち》卿の屋形に伺候《しこう》して、世にめずらしい才女の現われたことを報告すると、関白もその歌を読みくだして感嘆の声をあげた。
あらためて註するまでもないが、源の俊顕《としあきら》の歿後は和歌の道もだんだん衰えてきたのを、再び昔の盛りにかえそうと努めたのは、この忠通卿である。久安《きゅうあん》百首はこの時代の産物で、男には俊成《しゅんぜい》がある。清輔《きよすけ》がある。隆季《たかすえ》がある。女には堀川がある。安芸《あき》がある。小大進《こだいしん》がある。国歌はあたかも再興の全盛時代であった。その時代の名ある歌人すらもみな詠み悩んだ「独り寝のわかれ」の難題を、名も知らぬ賤の乙女がこう易《や
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