来の二、三人はたちまち彼のために火の坑へ蹴込まれてしまった。彼は裂けるばかりに瞋恚《いかり》のまなじりをあげて、霹靂《はたたがみ》の落ちかかるように叫んだ。
「雷震《らいしん》ここにあり。妖魔亡びよ」
 鉞をとり直して階段を登ろうとすると、女は金鈴を振り立てるような凛とした声で叱った。大勢の家来どもは剣をぬいて雷震を取り囲んだ。坑の火はますます盛んに燃えあがって、広い宮殿をこがすばかりに紅く照らした。その猛火を背景にして、無数の剣のひかりは秋のすすきのように乱れた。雷震の鉞は大きい月のように、その叢《むら》すすきのあいだを見えつ隠れつしてひらめいた。
 藻に似た女は王にささやいてしずかに席を起った。千枝松はそっとあとをつけてゆくと、二人は手をとって高い台《うてな》へ登って行った。二人のあとをつけて来たのは千枝松ばかりでなく、鎧兜を着けた大勢の唐人どもが弓や矛《ほこ》を持って集まって来て、台のまわりを忽ち幾重《いくえ》にも取りまいた。そのなかで大将らしいのは、白い鬢髯《びんひげ》を鶴の毛のように長く垂れた老人であった。千枝松は老人のそばへ行ってこわごわ訊いた。
「ここはなんという所でござ
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