の眼には、酒の池も肉の林ももうはっきりとは見分けがつかないらしかった。家来どもも侍女らもただ黙って頭をたれていた。
そのうちに藻に似た女が何かささやくと、王は他愛なく笑ってうなずいた。家来の唐人はすぐに王の前に召し出されて何か命令された。家来はかしこまって退いたかと思うと、やがて大きい油壺を重そうに荷《にな》って来た。千枝松は今まで気がつかなかったが、このとき初めて階段の下の一方に太いあかがねの柱が立っているのを見つけ出した。大勢の家来が寄って、その柱にどろどろした油をしたたかに塗り始めると、ほかの家来どもはたくさんの柴を運んで来て、柱の下の大きい坑《あな》の底へ山のように積み込んだ。二、三人が松明《たいまつ》のようなものを持って来て、またその中へ投げ込んだ。ある者は油をそそぎ込んだ。
「寒いので焚火をするのか知らぬ」と、千枝松は思った。しかし彼の想像はすぐにはずれた。
柴はやがて燃え上がったらしい。地獄の底から紅蓮《ぐれん》の焔を噴くように、真っ赤な火のかたまりが坑いっぱいになって炎々と高くあがると、その凄まじい火の光りがあかがねの柱に映って、あたりの人びとの眉や鬢《びん》を鬼の
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