怖るおそる立った。階段の下には彼のほかに大勢の唐人《とうじん》が控えていた。
「しっ」
人を叱るような声がどこからともなくおごそかに聞こえて、錦の帳は左右に開いてするすると巻き上げられた。正面の高いところには、錦の冠をいただいて黄色い袍《ほう》を着た男が酒に酔ったような顔をして、珠をちりばめた榻《とう》に腰をかけていた。これが唐人の王様であろうと千枝松は推量した。王のそばには紅の錦の裳《すそ》を長く曳いて、竜宮の乙姫《おとひめ》さまかと思われる美しい女が女王のような驕慢な態度でおなじく珠の榻に倚りかかっていた。千枝松は伸び上がってまたおどろいた。その美しい女はやはりあの藻をそのままであった。
「酒はなぜ遅い。肉を持って来ぬか」と王は大きい声で叱るように呶鳴った。
藻に似た女は妖艶なひとみを王の赤い顔にそそいで高く笑いこけた。笑うのも無理はない、王の前には大きい酒の甕《かめ》が幾つも並んでいて、どの甕にも緑の酒があふれ出しそうに満《なみ》なみと盛ってあった。珠や玳瑁《たいまい》で作られた大きい盤の上には、魚の鰭《ひれ》や獣の股《もも》が山のように積まれてあった。長夜の宴に酔っている王
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