かの熊武の亡骸《なきがら》であった。その身体は両股のあいだから二つに引き裂かれていた。
 この怪異におびやかされた人たちが初めて生き返ったように息をついたのは、それから小半※[#「※」は「日へんに向」、読みは「とき」、226−12]の後であった。松明は再び照らされて、熊武のおそろしい死骸を諸人の前に晒《さら》したときに、気の弱い女たちは再び気を失ったのもあった。忠通も暫くは声も出なかった。玉藻の姿はどこへか消え失せてしまった。
「宇治の左大臣殿お使いでござる」
 早馬で屋形の門前へ乗り付けたのは、頼長の家来の藤内兵衛遠光であった。彼は玉藻の様子を見とどけるために、山科からすぐに都へ馳せ付けたのである。彼は忠通の前に召し出されて、きょうの祈祷の結果を報告すると、重ねがさねの怪異におどろかされて、忠通も大息をついた。
「ほう、その古塚は二つに裂けたか。して、塚の底には何物が埋められてあったぞ」
「人の骨、鏡、剣、曲玉《まがたま》のたぐい、それらはひとつも見付かりませぬ。ただひとつ素焼の壺があらわれました」と、遠光は説明した。
「素焼の壺……」
「打ち砕いて検《あらた》めましたら、そのなかに
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