はひとたばの長い黒髪が秘めてござりました」
「女子《おなご》のか」
「勿論のことでござりまする。泰親はその黒髪を火に焼いて、さらに秘密の祈祷を試みました」
「ほう、それか」と、忠通は思い当たったようにうなずいた。「その黒髪の焼け失《う》すると共に、玉藻の形も消え失せたのであろうよ」
そのときには雲もだんだんに剥げて来て、陰った大空には秋の星が二つ三つきらめき出していた。
二
玉藻のゆくえは無論に判らなかった。おそらく彼女は熊武を引っ掴んで虚空《こくう》遥かに飛び去ったのであろう。いずれにしても魔女は姿を隠したのであるから、頼長の一党は勝鬨をあげて祝った。安倍泰親は妖魔を退散せしめた稀代の功によって従三位《じゅさんみ》に叙せられた。
「泰親もこれで務めを果たしたわ」
彼は初めて鏡にむかって、俄に鬢鬚《びんひげ》の白くなったのに驚いた。しかも彼に取っては一代の面目、末代の名誉である。今まで閉じられた屋敷の門は、そのあしたから大きく開かれて、祝儀の人びとが門前に群がって来た。
その賑《にぎ》にぎしい屋敷の内に只ひとり打ち沈んでいる若い男があった。それは千枝太郎泰清である。
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