れを言い破るほどの理屈をもっていないらしかった。
二人はしばらく詞《ことば》が途切れた。秋草を画いた几帳《きちょう》が昼の風に軽くゆれて、縁さきに置いてある美しい蒔絵《まきえ》の虫籠できりぎりすがひと声鳴いた。
「殿。ただいま戻りました」
年頃は三十二、三の、これも主人とおなじような鋭い眼をもった小ざかしげな侍が、縁さきに行儀よくうずくまった。
「ほう、兵衛か。近う寄れ」
頼長にあごで招かれて、藤内兵衛遠光《とうないひょうえとおみつ》は烏帽子のひたいをあげた。彼は信西入道を仰ぎ見て、更にうやうやしく式代《しきだい》した。
「どうじゃ。洛中洛外に眼に立つほどの事どももないか」と、頼長はしずかに訊いた。
遠光は頼長が腹心の侍で、宇治と京とのあいだを絶えず往来して、およそ眼に入るもの、聞こゆるもの、大小となく主人に一いち報告する一種の物聞《ものぎ》きの役目を勤めていた。頼長は彼の報告によって、居ながらに世のありさまを詳しく知っているのであった。
「玉藻の御《ご》があすは三井寺《みいでら》参詣とうけたまわりました」
「玉藻が三井寺に参詣するか」
頼長と信西とは眼をみあわせた。
「山門
前へ
次へ
全285ページ中214ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング